脱「超低PBR」への布石着々
日経平均の34年ぶり最高値突破が大いに話題を呼んだ東京市場だが、一方で、依然極端な安値圏に放置された銘柄も少なくはない。こうした企業が“古き良き日本”的発想と決別し、株価や資本コストを意識した経営にカジを切った場合の市場評価の伸びしろは極めて大きい。印刷インキ・化成品・加工品の中間製品3分野に展開する東京インキ(4635・S)はPBR0.3倍割れ水準。一見地味ながら、着実な製品ポートフォリオ変革が進行中だ。昨年12月の長期ビジョン策定時にパーパス(企業の存在意義)を設定し、先行きの成長イメージなども明確化した同社の堀川聡社長(写真)に具体的な製品展開から株主還元なども含め話を聞いた。
――「『伝える』『彩る』『守る』ことで、豊かな未来を実現する」がパーパスだ。印刷インキは情報伝達に不可欠だし、プラスチックの着色技術で「彩る」も分かりやすいが、「守る」とは。
「3つとも既存事業でかねて取り組んできたことを整理し直したものだ。祖業である印刷インキ技術をベースにプラスチックに進出してから『彩る』がどんどん充実し、近年は『守る』需要が急拡大してきた。例えば、プラスチックフィルムに熱や光、紫外線をコントロールする機能を付加することで食品の鮮度を長く保持したり、バイオマスなどの機能性材料によってリサイクルを容易にするといったように健康・安全・環境を守り、食品廃棄ロスなど各種社会課題解決の貢献につながっている」
――これがどう成長イメージにつながるのか。
「3事業それぞれで製品ポートフォリオ見直しに取り組んでいる。特に、環境を守るべく、環境負荷を低減したサステナブル製品を強化中だ。当社の強みは小回りの効くフットワークの軽さにある。顧客の要望に即座に応えた、より使いやすい製品の提供を心掛け、安全志向の強い食品関連分野でもこうした製品の採用が広がってきている」
――採算の方は?
「当社の技術・ノウハウを加えた分野で汎用品ではないので、それなりの付加価値を得られる」
――印刷インキ事業にも「守る」はあるのか。
「例えば、溶剤を極力使わずにEB(エレクトロンビーム=電子線)で硬化させるEB印刷といった最先端分野の開発などに取り組んでいる。各事業で『守る』に関わる周辺領域を広げていきたい」
――「守る」と言えば、土木資材の「ジオセル工法」製品が震災や水害など各被災地向けに急拡大途上にある。
「プラスチックをハニカム状にした製品に砕石や土砂を詰めて斜面の保護や構造物の基礎や地盤を安定させるものだ。コンクリートで固めると時間も資金もかかる。軽量な当社製品なら、高齢作業員も作業しやすく、それでいてコンクリート並みの機能が確保されている。景観に配慮しコンクリではできない緑化も可能だ」
――何だか“いいことづくめ”のようだが…。
「もちろん作るだけなら誰でも作れる簡単な物だが、特許を取り、国土交通省の新技術に登録され、施工会社との全国的なネットワークも築いた。東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨など復旧現場での豊富な納入実績からノウハウも蓄積されている。もともと土木資材の仕入販売には半世紀以上の実績を持つが、ジオセル工法を自社開発して苦節十数年。ようやく開花期を迎えつつある。土木業界などにも同種の製品は少なく“ブルーオーシャン”に近い状況だ」
――かつて、テレビ番組「ほこ×たて」でも取り上げられたとか。
「『ジオセル工法の壁を鉄球で壊せるか』の趣旨だったが、番組の演出として予定時間をはるかに超えて打ち続け、少し壊れたところで『敗け』と判定されてしまった」
――それはお気の毒に(笑)。ともあれ、興味深い事業が多い割に投資家への認知度が低い。
「まずは当社を知ってもらうことだ。分かりやすく情報発信すべくホームページを刷新した。あらゆる機会を捉えて特にサステナブル製品のPRに取り組み、また社会貢献にも力を注いでいる」
――PBR0.3倍未満の現状をどうみるか。
「これはちょっと低過ぎるだろう、という思いはあるが、一方で『何とかしなければいけない課題』と受け止めている。そのためには、従来の常識だった『安定経営』から変えていかなければならない。6月下旬の株主総会までにはしっかりとした方針を出したい」
――株主還元はどうか。特別・記念配を除けば「安定80円配」継続中で、自社株買いも4年前に一度実施したきりだ。
「PBR水準を引き上げていくためにも、30%以上の配当性向と選択肢としての自社株買いは考えていかねばならない」(K)