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コラム2024年9月3日

特報 石井鐵工所MBOへ

TOB価格はFAの上限を上回る

9月最初の営業日となった9月2日、光通信(9435・P)ジャパンワランティサポート(7386・G)など3銘柄の大量保有報告書を提出したほか、光通信の創業者・重田康光氏の長男である重田光時氏も中央経済社HD(9476・S)など4銘柄(うち2銘柄はファンド名義)の大量保有報告書を提出した。

重田光時氏と言えば石井鐵工所(6362・S)である。8月9日に創業家出身の石井宏明社長がMBO(経営陣の参加する企業買収)を目的としたTOB(株式公開買い付け)を開始している。この石井鐵工所の筆頭株主が、重田光時氏率いるグローバル・マネジメント・リミテッドである。

光時氏が初めて石井鐵工所株式の大量保有報告書を提出したのは2019年6月28日。以来着実に保有株数を増やし、石井社長によるMBO宣言直前の時点で13.61%の保有だったが、石井氏のSPC(特別目的会社)である㈱可成屋が公開買付届出書を提出した8月9日、最新の変更報告書を提出。保有割合が14・73%に増えていることを明らかにした。

石井鐵工所のMBO最大の注目点は、プレミアムの高さだ。TOB価格の8,364円は、TOBを公表した8月8日の終値2,933円の2.8倍である。直近本決算の24年3月末時点の1株当たり純資産3635円と比較しても2.3倍。

これほどの高プレミアムとした最大の理由は、同社が多額の不動産の含み益を抱えているからだ。

この会社の創業は1900年3月。石井太吉氏が東京月島でボイラーや水力発電用水圧鉄管、各種水門、鉄塔、鉄槽などの製造を始めた。現社長の石井宏明氏は4代目である。

今も祖業を主要事業と位置付けてはいるが、利益を稼いでいるのはもっぱら不動産賃貸業だ。不動産賃貸業を始めたのは88年である。

ここで右の業績表をご覧いただこう。現在のセグメントは祖業の鉄構事業と不動産事業の2つ。スペースの関係で鉄構事業の数字だけ切り出して掲載したのだが、売上高も利益も安定せず、一時期は多額の赤字に苦しんだことが分かる。

不動産賃貸事業の業績は合計から鉄構事業の数字を差し引いてもらうと分かるのだが、ほぼ毎年11億円前後のセグメント営業利益で安定している。

同社のHPを見ると、マンション、物流施設、商業施設を保有していることが分かる。賃貸不動産の含み益の開示義務が課されるようになった2010年3月期以降のこの会社の含み益を、有価証券報告書から拾ってみたところ、結果はご覧の通り。

1株当たりの含み益は、各決算期末時点の発行済み株式総数から自己株式を差し引いた株数で総額を割って計算してみた。

17年3月期から桁違いに増えているのは、16年10月に10株を1株に併合し、発行済み株式総数が10分の1になっているからだ。

24年3月末時点の含み益は258億円で、1株当たりに引き直すと7,448円。1株純資産が3,635円66銭だから、単純合計すると1万円を超える。

単純合計が1万円を超えているからと言って、8,364円というTOB価格が安過ぎるかというと、一概には言えない。

今回のTOB、MBOと言いながら経営者の出資割合は数%程度で残りはファンドの資金などというありがちななんちゃってMBOではない。実質的にも石井宏明氏による買収と評価していい。総額290億円の買収資金のうち149億円は三井住友銀行からの借り入れで、165億円を石井宏明氏による優先株の引き受けで調達する計画だからだ。

公開買い付け期間のほぼ半分が経過したところだが、株価は平穏そのもの。TOB価格をわずかに下回る水準で安定している。

ただ、重田氏の動向が全く分からない。今回のTOBで、応募契約を締結しているのは石井宏明氏個人と前社長で名誉会長の石井宏治氏の二人だけ。しかも二人合計での保有割合がそもそも少なく、応募契約でおさえているのはわずか4.04%だ。

公開買付届出書には重田氏との交渉経過は全く載っておらず、事前に応募契約を取り付けるべく交渉をしたのかどうかも分からない。

もっとも、不動産の含み益をTOB価格に反映させたあたりは重田氏を意識したことは間違いない。応募契約である程度の割合を押さえてTOBをスタートする場合は、ほぼ不動産の含み益には頬かぶりというのが常道だ。

また、特別委員会の設置は珍しいことではないとはいえ、その特別委がMBOとしては珍しく、会社側とは別に独自のFA(ファイナンシャル・アドバイザー)としてプルータスを雇っている。

そのプルータスが出したDCFベースの株価は7,666円~8,108円。プルータスはフェアネスオピニオンを出してはいないが、TOB価格はプルータスの評価の上限を上回る水準に設定されている。

果たして重田氏はどう出るのか。公開買付期限は9月24日だ。

著者紹介 伊藤 歩(いとう あゆみ)

ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「優良中古マンション不都合な真実 管理会社、保険、修繕積立金の裏側」(出版社・東洋経済新報社)

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