証券業界の資産を「社会に還元」の動き
レポートで投資家は超過リターン、企業には「気付き」を
主に証券会社に属して企業やマーケットなど投資に必要な情報の分析を行い、これを自社の大口顧客、いわゆる機関投資家に提供する「アナリスト」。彼らの活動成果は「レポート」というカタチとなって機関投資家の行動に大きな影響を与えるなど、証券業界、ひいては世界経済を支えている。「後編」では、そもそもレポートとは何か、考えてみたい。
2019年10月5日土曜の昼下がり、新旧アナリストやファンドマネージャーが都内に集結。アナリストの作品であるレポートを証券業界内にとどめ置くのではなく、広く世に解き放とうとの試み、「ベーシック・レポート・アワード表彰式」が行われた。
発起人は、かつて野村証券のアナリストだったバリュークリエイト代表取締役の佐藤明氏と、東京理科大学大学院教授の若林秀樹氏、そして現役のファンドマネージャーである農林中金バリューインベストメンツ常務取締役の奥野一成氏、みさき投資インベストメント・オフィサーの槙野尚氏ら4人。2回目となる今回は50本の応募があり、発起人4人が中心となって12本をノミネート。分析の秀逸さや切り口の独自性などさまざまな観点から「優秀賞」「特別賞」「奨励賞」として計5本が表彰された(表)。
アナリストにクローズアップする試みではあるが、「ベーシック・レポート・アワード」は本稿前編で紹介したブローカーの評価、あるいはメディアが旗振り役の人気投票とはまるで違い、業界内の人間がライバルを称え合う場。つまりプロが認めたレポートだけが並ぶ。ひとつのテーマに基づいて収集・分析された真に秀逸な情報をまとめたこれらのアナリスト・レポートは、投資家の行動のみならず、企業経営にも大いに役立つものであり、新たな価値観として世界に広めるべきもの、逆を言えば、そのような意味を持つレポートこそが、二極化が進む中でもアナリストが今後も力を注ぐべき道だと、発起人たちは提言する。
「良い」レポートとは? プロの視点
アワードの選定理由も語られた。まずは優秀賞、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の佐々木翼アナリストによる「ダイキン工業:ダイキン工業は砕けない。特許分析からみる強さと経営課題」について。誰もが知っている大企業を「特許」という新たな切り口から分析。加えて世界的な競合企業との比較にとどまらず、今後はIoT(モノのインターネット)など同社が注力するだろう領域において買収先としてユニークだと思われる企業を提案するなど、読み手にさまざまな気付きを与えてくれる点が新鮮だ、とのこと。
レポート作成の際に心掛けている点について佐々木氏は「フェアディスクロージャー(公平な情報開示)が厳格化される中、ほかのアナリストたちと分析内容の差別化を図ることは困難。企業経営者が気付かない、ずっと先の視点を提言することが、アナリストに求められること」と語った。
優秀賞はもうひとつ。みずほ証券のアナリスト3人が共同作成した「5G(第5世代移動通信システム)投資の論点整理:ミリ波5Gの普及で本当に『世界が変わる』のは『まだ先』」で、これは、基本的には単独で動くアナリストが複数人、半導体、IT、素材と、それぞれの専門分野を持ち寄って対話した点が画期的との評価を受けた。結果、5Gという、これから離陸しようとしている領域を予測すること自体リスクがあるにもかかわらず、誰にもまだ見えていない将来像までを大胆にカタチにしている。
「ベーシック・レポート・アワード2019年」ノミネートされた「12レポート」 | ||||
受賞 | 執筆者/ アナリスト名 |
所属 | タイトル | 発行 |
― | 池田篤氏 | シティグループ | 「半導体材料業界ハンドブック:ウェーハ、レジスト、CMP等の主要材料の最新動向と注目点」 | 2019年1月 |
奨励賞 | 楠木秀憲氏 | みずほ | 「総合商社の投資戦略:資源・非資源の問題ではなく、競争力を活かし存在意義を示せる会社を評価」 | 2018年10月 |
優秀章 | 佐々木翼氏 | 三菱UFJMS | 「ダイキン工業:ダイキン工業は砕けない。特許分析からみる強さと経営課題」 | 2019年3月 |
特別賞 | 佐藤和佳子氏 | 三菱UFJMS | 「トイレタリー・化粧品セクター:ワカコの兵法~七計で日本の美に投資せよ」 | 2019年6月 |
― | 中名生正弘氏 | ジェフリーズ | 「精密機器:新技術に対応した中小型銘柄をBuyでカバレッジ」 | 2019年8月 |
― | 安井健二氏他 | UBS | 「車の次世代開発:コード化された車―自動車バリューチェーンの準備はできているか?」 | 2019年3月 |
― | 柳下裕紀氏 | Aurea Lotus | 「顧客店舗双方向の価値最大化で参入障壁を高みに上げるワークマン」 | 2019年8月 |
優秀章 | 山田幹也氏、山本義継氏、堀雄介氏 | みずほ | 「5G投資の論点整理:ミリ波5Gの普及で本当に『世界が変わる』のは『まだ先』」 | 2019年5月 |
― | 西川拓氏 | 野村 | 「サブスクリプション型サービスの普及ポテンシャル」 | 2019年8月 |
特別賞 | 菊地正俊氏 | みずほ | 「日本企業の資本コスト意識は高まったか?改訂コーポレートガバナンス・コードのコンプライ状況の分析」 | 2019年2月 |
― | 永井祐一郎氏 | みずほ | 「労働市場の構造変化と労働関連株:高齢者や外国人就業、副業や生産性促進関連株を評価」 | 2019年6月 |
― | 塩田英俊氏 | SMBC日興 | 「対等合併の成功条件:経営統合におけるコンセプト評価基準とは」 | 2019年2月 |
※五十音順、所属はレポート発行当時 |