株主総会「無風」の不思議
会社は最終赤字だったのに、会長兼任社長が14億円もの報酬を受け取ったとして話題になった老舗自動車部品メーカー・ユーシン。きっかけは4月3日に信用調査機関・東京商工リサーチが発表した「上場企業役員報酬1億円以上開示企業調査」である。上場会社は1億円以上の役員報酬を受け取っている役員について、有価証券報告書で個別開示をする義務がある。今回の調査対象期間は2010年3月期から14年11月期まで。今回の調査でユーシンの田邊耕二代表取締役会長兼社長が、歴代最高額を上回る14億5,000万円を受け取っていた、というのがその主な内容だ。
これまでの歴代最高額はカシオ計算機の樫尾敏雄前会長の13億3,300万円だったので、これを上回った。
ただ、コンスタントに10億円弱の報酬を得ている日産自動車のカルロス・ゴーン氏以外は、歴代上位に名を連ねている人たちは基本的に退職慰労金で総額が底上げされている。
2位の樫尾敏雄氏は12年3月期の報酬総額で13億3,300万円、4位の樫尾和雄氏は14年3月期の報酬総額で12億3,300万円だったし、3位のキョウデン橋本浩氏も14年3月期の報酬総額で12億9,200万円。いずれも総額の大半が退職金だ。
だが、田邊氏の場合は基本報酬が7億7,500万円でボーナスが6億3,000万円。合計で14億500万円という内訳だ。
ユーシンの場合、役員報酬は総額について株主総会で承認を得、取締役間の配分決定権は取締役会に委譲される形になっている。1年前の14年2月27日開催の定時株主総会で、年額30億円以内(うち社外取締役報酬2,000万円以内)という決議がとられており、14年11月期に支払われた役員報酬のうち、9人の社内取締役に支払われた金額は15億9,600万円。総会で枠取りをした予算の半分程度で済みました、という話なのだが、このうち14億500万円が田邊氏に支払われており、残る1億9,100万円が8人分。一人当たりは平均で2,387万円という計算になる。
その2年前の12年2月28日開催の定時株主総会では、この役員報酬枠は10億円だったのだが、昨年、一気に3倍の30億円に引き上げられ、それを株主は承認したということになる。
去年の総会開催当時は、ユーシンが2度目の社長公募を実施していた時期だ。結局、公募から2カ月程度で旗を降ろしてしまったので、今も田邊会長兼社長体制が続いている。
田邊氏はユーシンの創業一族で、1978年から約30年間に渡って社長を務め、後継者を捜すという条件を呑んだリップルウッドと、2006年春に資本提携をしている。しかしリップルウッドが連れてきた社長と方針が合わず、リップルウッドが引き受けた、発行済みの約20%に当たる株式は、自己株取得で引き取り、リップルウッドは撤退。以来、田邊氏の再登板となっているわけだが、ここ数年の田邊氏の報酬額はうなぎ上りだ。
役員報酬の開示は上場会社側の抵抗が強く、使用人兼務役員の使用人部分の報酬が長らく開示されず、高額の報酬を得ていると思われる役員の個別開示もなかなか進まなかった。
ようやく基本報酬、賞与、退職金の内訳の総額開示と、1億円以上の報酬を受け取っている役員の個別開示が始まったのは10年3月期から。
田邊氏のケースで各年度の報酬推移を追ってみると、まず10年11月期は1億円を超えていなかったようで個別開示なし。
11年11月期は総額1億3,600万円で、12年11月期は4億6,500万円(基本報酬3億6,200万円、ボーナス1億300万円)。13年11月期は8億3,400万円(基本報酬6億5,200万円、ボーナス1億8,200万円)。そして14年11月期が14億500万円。
間が悪いことに、14年11月期は最終赤字。ただ、12年11月期は15億円の最終赤字だったのに田邊氏の報酬は1億3,600万円から4億6,500万円へと3.4倍に増えているし、13年11月期も黒字転換したとはいえわずか4億円だったのに、田邊氏の報酬は4億6,500万円から8億3,400万円へと1.8倍増。そして今期は最終赤字に逆戻りだったのに8億3,400万円から14億500万円へと1.7倍増だ。
過去15年間の業績を眺めてみても、最終赤字が8回もあるなどぱっとしない。それでも今年2月の総会では役員選任議案には99%もの賛同が集まった。今年は役員報酬枠の議案が出されていないので、決議対象事項からは外れているとはいえ、この業績で30億円もの役員報酬枠に疑問を持つ株主が居れば、株主提案で減額させるなり、取締役候補者に反対票を投じるなりするはずだが、全く無風状態だったということだろう。
ちなみに田邊氏は創業家出身ではあるが、大株主ではない。ご本人の持ち株数は発行済みのわずか0.78%。大株主上位には年金や金融機関、取引先などいかにも大人しそうな顔触れが並ぶ。筆頭株主は16%保有の自己株だし、2番目のバンク・オブ・ニューヨークのカストディもわずか3%。
大株主ではない創業一族のトップが、この業績の中でこれだけの報酬を得ることに株主が理解を示す不思議。スチュワード・シップコードはどこへやら、である。
著者紹介 伊藤 歩(いとう あゆみ)
ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「TOB阻止 完全対応マニュアル」(財界展望新社刊)
ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「TOB阻止 完全対応マニュアル」(財界展望新社刊)
[本紙4月15日付14面]