近年はIPO(新規上場)社数が減少傾向にある中、バイオベンチャーに限って言えば、2024年には東証上場5社と前年の3社から拡大している。個人投資家の間では大きなリターンを期待して、NISA(少額投資非課税制度)などの投資非課税制度にバイオベンチャーを組み込むという戦略も散見される。
細胞や遺伝子技術を活用したバイオベンチャー。感染症パンデミック発生時には大手製薬会社に代わっていち早くワクチン開発に成功したことは記憶に新しい。しかし新薬開発は事業そのものの難易度が高い上に多大なコストを要するため、ベンチャーへの投資が盛んでスタートアップ育成環境が既に整う欧米と比較して、日本国内ではバイオベンチャーが立ち上がりづらいというイメージが長らく存在していた。
これを打破するべく日本政府は21年に「創薬バイオベンチャーエコシステム強化事業」を創設。昨夏に開催した「創薬エコシステムサミット」では、バイオベンチャーの助成社数を現在の11社から28年には70社・3,500億円にまで拡大させて、企業価値1,000億円を超えるユニコーンの排出を目指すとしている。
創薬は失敗する確率もあるが、近年はAI台頭などでシミュレーションの精度が向上しており、承認のハードルが下がっていくことも期待されている。各社オリジナルの技術を持ち、中にはグローバル展開への歩みを確実に進めているケースも。そんなバイオベンチャーの中から、今回は2社をクローズアップする。
ノイルイミューン・バイオテック(4893・G)
「CAR-T」で最先端がん治療薬を開発中
同社は世界が注目、実現化にしのぎを削る固形がん向けCAR-T細胞療法の開発に注力するバイオテック企業だ。タカラバイオ(4974・P)と業務提携を発表するなど、製造体制の確立までを見据えた同社の戦略に改めて注目したい。
【事業内容】
「がんを克服できる社会の創生に貢献する」というミッションを掲げる同社。現在はCAR-T(カーティー、キメラ抗原受容体遺伝子改変T細胞)の開発に注力している。
強みは独自PRIME技術
遺伝子を操作することでCAR-Tに、活性と自らの生存率を高めるIL-7と、細胞集積機能が増強するCCL19を産生させる「PRIME」技術が同社の強み。これら2つの因子を産生するPRIME CAR-Tは、がんの局所にまでたどり着きやすくなり、投与したCAR-Tだけでなく体内に存在する免疫細胞も呼び込み攻撃力が高まるという特徴を持つ。
同社はCAR-Tを中心に、①自社が主導して開発する「自社創薬事業」と、②PRIME技術を提供して他社が開発する「共同パイプライン事業」の2事業を展開しており、どちらも複数のパイプラインを有する。現在、前者の自社創薬事業については、データとともに武田薬品から返還されたNIB103の開発を最優先することで効率的に収益を狙い、後者については中外製薬、第一三共、Adaptimmune、Autolusら国内外の製薬企業4社とPRIME技術で提携している。
【業界背景】
CAR-T細胞療法とは?
日本においては二人に一人が、がんにかかる時代。新しい治療法が世界中で研究されている。
既存の治療法には外科手術や放射線療法、化学療法などあるが、近年は「免疫療法」が注目されてきている。誰もが体内に持つ免疫の力を生かしてがんを攻撃しようというコンセプトの下、同社はCAR-Tを中心とする細胞療法の開発に注力している。
がん患者の血液からT細胞を取得、これにCAR遺伝子を導入してCAR-T細胞を作製する。培養し、点滴で患者に投与すると、特定のたんぱく質を目印にターゲットとなるがん細胞を効率的に検出して、強力な殺傷能力を発揮することが確認されている。
固形がん承認を世界が熱望
実はCAR-T細胞療法そのものはグローバルでかなり承認が進んでいる。既に複数のメガファーマなどから薬が提供されているのだが、現在は「血液がん」のみで「固形がん(固形腫瘍)」の承認例は、まだない。
世界のがん患者数における比率は固形がんが90%超と圧倒的。そのため、血液がんに対してしっかりとインパクトを残したCAR-T細胞療法の固形がんへの適応については世界中の研究者がしのぎを削っている状況だ。近年はノバルティスファーマが11億ドルを超えるライセンス契約を締結したり、ロシュがCAR-T関連ベンチャーを約15億ドルで買収している。
CAR-T細胞の市場規模は2023年の37.1億ドル、24年の45.8億ドルから、33年には302.5億ドルに拡大するなど、年率23.35%の成長が見込まれている。
【成長戦略】
タカラバイオと業務提携
NIB103の開発について、遺伝子改変細胞療法の製造および開発について豊富な経験を有するタカラバイオと昨年9月25日に業務提携を締結している。いわゆる一般的な「製造」の委受託契約とは異なり、同社のパートナーになってもらうことによって、タカラバイオは「製造」の部分に責任をもつと同時に、開発における「製造費」も負担する。
PRIME技術の「高い展開性」
コストはかかるがハイリターンが狙える「自社創薬事業」と、安定収益を目指す「共同パイプライン事業」とのハイブリッドで事業を回しつつ、独自のPRIME技術を様々なCAR(キメラ抗原受容体)と組み合わせることで、様々ながんをターゲットとしたPRIME技術の開発も手掛け新たなパイプラインを創り出していく。また、共同パイプラインの契約数を増やすほか、ゲノム編集技術との組み合わせによる他家CAR細胞(患者以外の他人の細胞))への応用、他のがん免疫療法である免疫チェックポイント阻害剤との併用など、多くの可能性が期待される。そのほかコスト低減などを目的とする製造の自動化といった新たな事業も検討している。
根幹は「患者ファースト」
2015年に山口大学と国立がん研究センターから立ち上がった同社。免疫学の第一人者でもある代表の玉田氏のもとには、協和発酵キリン(現・協和キリン)で社長および会長を歴任した花井陳雄氏、紫綬褒章を受章した免疫学の権威である吉村昭彦氏など一流メンバーが集う。かつて玉田氏が医師として抱いた、治療法がなく救えなかった患者たちへの思いが今でも同社の根幹にあり、同社が高い技術力を生み出す源泉となっている。
ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(6090・G)
ニッチトップで「持続的成長」×「株主フレンドリー」なバイオベンチャー
ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズは2013年の上場以来11期連続で増収を続ける持続的な成長企業であり、前23年6月期からは配当を実施するなど株主還元にも積極的だ。研究開発投資が先行して“万年赤字”というイメージが根強いバイオ関連企業の中で非常に稀有な存在と言える。
【事業内容】
「最先端のメタボローム解析技術とバイオ技術を活用した研究開発により、人々の健康で豊かな暮らしに貢献する」を企業理念に掲げている。①「バイオマーカー探索・作用機序解明支援」を軸に、新たに加えた②「機能性素材開発支援」と③「バイオモノづくり生産性向上支援」の2事業を掛け合わせて、成長を加速させる。
コア技術「メタボローム解析」とは?
メタボロームとは代謝物質を総称したもの。代謝とは、生体内での化学反応のことで、例えば、ビールを飲むとアルコール成分に含まれるエタノールがアセトアルデヒドという物質に変わり、その過程で気分が良くなったり、逆に、酢酸に変わる前に蓄積されることで頭痛など二日酔いを起こす。このような代謝物質は膨大に存在し、経路は非常に複雑だが、同社では、これらを網羅的に解析して可視化する。
事業① バイオマーカー探索・作用機序解明支援
~メガファーマなど「海外」強化中~
生体内の状態を客観的に評価する指標をバイオマーカーと言い、例えば痛風については尿酸値が使われている。尿酸値など特定の物質のみ計測するのが一般的な健康診断だが、同社のメタボローム解析では、症状がある人とない人との代謝物の差を網羅的に比較測定することによりバイオマーカーの候補となる物質を探すことに役立っている。
また例えば薬を服用した人としていない人との代謝物の差によって、薬が作用している代謝を判断するのが作用機序解明で、こちらは主に製薬会社や大学で使われている。
事業② 機能性素材開発支援
~中小企業など「新規需要」創造、地域活性化に貢献~
スーパーで扱う生鮮食品などについても網羅的に機能性関与成分の検出ができる。従来は対象とする成分ごとに分析しなければならなかったが、同社の解析ならば一度に複数の成分を見つけられる可能性があり、時間もコストも大幅に削減することができる。
15年の制度開始以降、機能性表示食品の届出件数は増加傾向にあり、市場規模も24年度も7350億円に拡大することが見込まれている。
同社では地域商社と連携した地域活性化支援や、未利用資源の利活用などで、これらを提供する企業などの付加価値向上を支援していく。
事業③ バイオモノづくり生産性向上
~社会課題解決・政府主導の超成長市場~
納豆菌をタンパク質の代替物とするスタートアップのフェルメクテス社と資本業務提携を締結した。量産化による採算性向上に向けた品種改良、培養成分・培養条件の最適化などのシミュレーションをメタボローム解析で行う。
環境負荷軽減や食料安定供給など各種課題を解決するバイオエコノミーは政府主導で進められており、市場規模は2030年に100兆円と、現在の世界の半導体レベルの市場規模にまで拡大することがイメージされている。
【業績推移】
同社は19年6月期までは赤字が続いたものの、前23年6月期までの3年間で経営基盤を整備し、黒字転換を果たした。続く24年6月期からの3年間は成長基盤構築フェーズと位置付け、将来の飛躍的な成長に向けた開発をしっかり実施していく構え。中期経営計画の最終年度となる26年6月期は売上高で16億円(23年6月期比23%増)、営業利益3億円(同42%増)を計画している。
【成長戦略】
メタボローム解析サービス市場は、グローバルでは23年に5.3億ドル・約800億円で、今後は年10%程度の成長が予測されている。欧米が大半を占める。日本市場は23年で2.6億ドル・約40億円であり、国内シェアの過半数を占める同社の活躍余地が大いに期待される。
画期的サービス投入で成長加速
昨年12月にリリースした「ペプチド スキャン アドバンスト」は主に製薬メーカー向けの画期的なサービスだ。これまではメタボローム解析の範囲外で十分な解析がされてこなかったペプチドホルモンなど中分子化合物群について、従来のように1種類ずつではなく、100種類以上の物質を一斉に分析することを可能にした。ペプチドホルモンの中にはアルツハイマー病のバイオマーカーになると言われる物質が含まれるなど非常に注目されているにもかかわらず、網羅的に解析する技術がなく“未開拓”の領域だった。
「バイオIR Day@大阪」開催
「バイオIR Day」の動画はこちらから>>
バイオベンチャー4社の社長が事業紹介と成長戦略を語り、現役アナリストが深掘りをする「バイオIR Day」が昨年12月10日に大阪市内で開催された。100人を超える個人投資家が集まり、企業に直接、質問ができるブースも用意された。
<動画> 公開中!!
パネルディスカッションを除く、4社によるIR(投資家向け広報)プレゼンを公開中。日本証券新聞のYouTube公式チャンネルをご覧ください。
本文内の会社紹介については「バイオIR Day@大阪」におけるノイルイミューン・バイオテックCOO/取締役の渡嘉敷努氏、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ代表取締役社長大畑恭宏氏の講演内容からポイントを抜粋したものです。